由来

「旧岡崎市史」より 能見神明宮(石川貫河堂筆)
現在、岡崎市内に神明宮という名の神社は11社ありますが、岡崎市で神明宮と言えば、一般には当社を指します。古くから「神明さん」と呼ばれ、多くの人々に親しまれている神社です。
5月の第二日曜日(とその前日)に行われる収穫を祈念する例大祭は、菅生神社(夏病みを除災する夏祭り)、岡崎天満宮(豊作を祝う秋祭り)とともに岡崎三大祭りの1つに数えられています。

神明宮の成り立ちは、平安時代中期(西暦1000年頃)まで遡ることができます。
源頼義(988~1075)の家臣である嵩地源太夫広長が能見村を開き、祠を建立。その後、加藤新蔵、鈴木市蔵、近藤九兵衛が疫病封じのため、神明を勧請したのが始まりとされます。
天正20年(1592)には、神官の深見六蔵が田中吉政の家老、辻勘兵衛より禰宜屋敷を寄進されています。
明治5年に村社となり、明治42年には拝殿が改築。
大正13年には、境内の御鍬社、津島社、厳島社、稲荷社などを合祀し、神殿、渡り殿、神楽殿、社務所、石鳥居などが建立されています。

大正13年 石鳥居建立
御祭神は、以下の7柱です。(神様の数は柱で表現します)

  • 天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
  • 須佐之男命(すさのおのみこと)
  • 手力男命(たぢからおのみこと)
  • 豊受姫命(とようけひめのみこと)
  • 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
  • 五十猛命(いそたけるのみこと)
  • 萬幡豊秋津姫命(よろずはたとよあきつひめのみこと)
※参考文献…『旧 岡崎市史』『参河名勝志』『全国神社名鑑』『能見村根元之事』『社寺旧記』